家系

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父が入院。
命に別状はないが、若い頃の結核治療の後遺症で呼吸器に原因があるので、今の状態が治るというものでもない。今ではもう、残る機能をを大事にしつついたわりながら暮らしていくしかない。
入院という連絡に、飛んでいきたかったがアルバイトを早く抜けられず、定時まで働いた。
明日は休むのだけれど、『父が急に入院しまして』という電話口の理由は、雇い主には空々しく聞こえるらしい。ま、仕方ない。

病弱とかいうのではなく、その時代、死病と言われた結核のせいで片肺をほぼ再起不能にした父だが、そんな体でよく働いたと思う。
今はもう仕事はできないが、父は弁護士だ。弱いものからお金を取るのが下手な貧乏弁護士。それは父の誇りでもある。
病気をしたので、実際にその職に就いたのは遅かった。私が中学生の頃だ。
もともと、人助けがしたくて若い頃医者を志したが、健康上の理由で諦めた。
獣医か動物学者にもなりたかったらしい。
あれくらいの年代で、若い頃肺病で死線をさまよった人というのはどことなく人生を遠くから眺めるような、達観した一面がある。
理系文系、どちらも行ける人だったが、父の文学的な才能は病気のおかげで花開いたのかも知れない。べたべたしない情の深さのある人である。
文章で、父にはとてもかなわない。

うちは母も祖父母も結核経験者だが、小さいころそんな環境にいながら、なぜか私だけは移らなかった。
丈夫な体に生んでくれたことを親に感謝している。

このところ、年老いて来て、同じ話をなんども繰り返したり、やたらと心配性になってきた父を内心疎ましく思ったこともある。だがしかし、今日は祈りとともに反省。
病院のベッドの上でも、留守宅の孫を案じる父であった。
早く元気になって帰ってきてほしい。

写真は、昭和13年と書いてあるから父(後方左)が9歳くらいの時だ。そして、私が子どものころむっつり写真に写った顔にそっくりだ・・・。
祖父もまだ若い。
祖父はと言えば、海軍のエンジニアで、戦艦大和や武蔵のタービンを設計した。目立つことが嫌いな、寡黙な明治の男。
その祖父のお父さんはまたすごくて、日本で初めてコンクリートの煙突を作った技術屋らしい。
辿って見ると、才能の面で、私の代で途切れたものがいっぱいある気がする・・・(ため息)。
うーん、ごめんなさい、お父さん。ご先祖樣。
せめて私も、誰かの役に立てるようになりたいと思います。

疲れているはずなのだけど、何か書かないと眠れなかった今夜。
そろそろおやすみなさい。
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Commented by at 2006-05-26 10:29 x
古い家族写真は自分に繋がる長い長い時間が凝縮されていて
幸せなようなちょっと怖いようなこころもちになります。

いまここにいる自分の不思議というか
ありがたさのようなもの
写真のどのひとにも人生があって
その人生と自分が繋がっている
うれしさ晴れがましさ。

自分がどこからきてどこへいくのか
思いあぐねうつむいてしまいそうなときに
ふっと思いのなかに浮かんできて
おおきな鎖のなかの自分に思い至り
生きていることの意味のようなものが
すうっと納得できたりいたしますですね。
Commented by haruikuyoshi at 2006-05-26 23:28
先祖たちの長い長い年月を感じる写真はいつ見ても良いものです。
そこに写っていないおじいちゃんのおじいちゃんの顔を想像してしまうのは私だけでしょうか?
血のつながりって不思議だな〜。
Commented by rikakokoro at 2006-05-28 23:27
お陰様で、父は徐々にですが快復の兆しが。
このところ交代で父の病室に泊まっているのですが、
普段ではできない父との生身の付きあいに、色々なことを考えています。血のつながりや愛や人生や・・・。
年老いて機能や記憶は衰えても、その人の本質や、生きてきた道で得た深さはちゃんと残っているのですよね。

でも、寝不足・・・・(^^;
ほんとに介護って大変。ほんの数日でも。
時間と体力のやりくりが・・・。

明後日、ちょっとでも池袋の展覧会会場に顔を出したいんですけど・・・。
by rikakokoro | 2006-05-25 23:41 | 父のカメラ | Comments(3)

長井理佳。童話作家で作詞家。仕事歴は以下のプロフィールのページにあります。


by RIkaNagai
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