愚の旗ー竹内浩三

 もう20年ほど前のこと、近所の大きな図書館で、偶然手に取った「恋人の眼やひょんと消ゆるや」という一冊の詩集。それが、竹内浩三の本だった。昭和20年、23歳の若さでルソン島で戦死した、無名詩人だ。私は大体いわゆる詩人達の書く詩というものが、あまりよく分からない質で、当時それが密かにコンプレックスになっていた。自分が至らないせいだと思っていたような所もある。それでも、詩を書くのは好きだったから、何か自分に影響を与えてくれるような言葉を求めて、無闇に詩集をめくっては気持ちをくじかれていたころだ。
 とにかく、私は、生まれて初めて、何かにうたれて詩集から詩を書き写すということをした。そして、それを声に出して読んで憶えるという事をした。「骨のうたう」と「演習」それに「雲」という3つの詩だった。どうしてその3つを選んだのかは憶えていないが、その時の自分に一番まっすぐに入って来た作品だったからだろう。「骨のうたう」はこんな風にはじまる。
 戦死やあわれ
 兵隊の死ぬるや あわれ
 遠い他国で ひょんと死ぬるや
 だまって だれもいないところで
 ひょんと死ぬるや

彼の詩は、戦争をうたったものばかりではない。その作品の多くには、生来のユーモア、光向性、そして、どんな状況にあっても本当の物を探し出す事ができる曇りない天才の目がある。反戦の象徴のように引き合いに出される事もあるけれど、彼はたまたまあのような時代に産まれ落ちてしまっただけで、自分の目の前の現実と向き合いながら、大好きな物書きに励んでいただけのことだろう。生きていればどんなに面白いものを創り続けただろうとそれだけが悔やまれる。
作品集 「愚の旗」(成星出版)には、詩だけではなく、日記や書簡、小説や随筆もいくつかおさめられていて、どれも人間的で味がある。母親代わりだった姉に生まれた姪に、部隊から宛てた短い手紙。これが素晴らしい。何しろ生まれたばかりの赤ん坊に宛てているのだ。「人間のたった一つのつとめは、生きることであるから、そのつとめをはたせ。」と。

 竹内浩三の名前は、長い年月が経っても、いつも私の中のどこかにひっかかっていて、忘れる事はなかった。彼が今や決して無名という訳ではなく、その人間と作品に惚れて、広く知らしめようと、地道に努力している人たちがいることもあとで知った。
つい最近、竹内浩三とその作品を紹介しているホームページを数年ぶりに訪れてみた。
そこで、読んだことのなかった詩、「よく生きてきたと思う」を読んで、心深く感じ入った。この不器用さと頑固さ、激しさと途方もない呑気さを、私も少しは理解できる。
時が過ぎ、どんなに世の中が移り変っても、真実と言うものはかわらないのだと、あらためて教えられた気がする。
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Commented by ssatoh827700 at 2006-08-12 20:56
大岡昇平の野火を読みました
「歩兵は自然を必要の一点から見なければならない職業である。土地の些細なでこぼこも、彼にとって弾丸から身を守る避難所を意味し、美しい緑の原野も、彼にはただ素速く越えねばならぬ危険な距離と映る」
戦場の兵士にはいかなるときも都合よく自然が展開するよう祈ることしかないようです。相手を知ることや人間同士の約束ごとでは、生き延びることはできないという狭い世界で戦ってきた。悲しいことです。
さて今の日本ではこころの戦いの中で、美しい緑の原野もみえない若者が増えているようですが
Commented by rikakokoro at 2006-08-12 21:33
ssatoh827700さん、初めまして。
今も世界では戦争が絶えず、その中で生きるために人間性をを捨てる兵士や、捨てられず戻ってからも苦しむ兵士・・・。
自分だったら、自分の家族だったら、と想像してみなければならないと思います。
そして、今の日本の若者・・・・。
自分もその若者を育てる親の一人であるのだなあと、ふと思い至ってすーっと汗が引きますね。責任、大きいなあ、、、と。
Commented by mset at 2007-01-07 11:48 x
 竹内浩三ホームページご紹介ありがとうございます。彼のすべてを知って欲しいと思って活動しています。理解してくださっている方がたくさん増えてうれしいです。
Commented by rikakokoro at 2007-01-10 09:06 x
msetさん、こんにちは。
書き込み有り難うございます。浩三さんのような方には、戦争の無いところで伸び伸びと詩を書いてほしいですね。
ほんとに、野蛮なことの似合わない方だと思います。
by rikakokoro | 2006-05-03 20:29 | ひと | Comments(4)

長井理佳。童話作家で作詞家。仕事歴は以下のプロフィールのページにあります。


by RIkaNagai
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