ひろすけ童話

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児童文芸家協会に図書整理のお手伝いに行ったとき、協会の本棚から、復刊になった浜田廣介の童話集を二冊借りてきた。
たしか4~5歳ぐらいのときの私の本棚にあり、最後には表紙が取れてボロボロになっていたっけ。なつかしい。
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とくに「しじゅうから」と、「みぞれ」という詩は今でも暗記しているくらい。七五調のリズムは多分このころ自分に染み込んだと思われ、いま詩を書くのにすごく役立っている。七五調そのものを書くだけでなく、微妙に崩してなお心地いい言葉の感覚とか、そういうもの。
考えて書くんじゃなくて、すでに自分の中にあるというのはとても良かったと思う。
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さし絵も、すべてなつかしかった。小さい頃なじんだ絵本や童話の絵って、心の中の古い引き出しにしまわれているらしい。
絵を見て子どもなりの感性で受け止めていた感覚が、大人の自分の中でよみがえると、なんともいえない不思議な気持ちになる。
物語が主のさし絵といえども、子どもって実に細部まで見ているんだなあ。むしろお話よりも絵の印象が強いくらいだ。
この絵は「お日さまの パン」という童話。
春まだ浅いある日、たぬきの子が外に出てみると、見知らぬおじさんが立っていた。
それはなんとお日さまで、頭の上にパンをのせて焼いていた。やがて、こんがりきつね色になったパンをもらって、みんなに見せようとこだぬきは大事に持って帰る・・・というお話。
ひえー、なんてシュールな!(笑) こんなお話だったんだーといまさらながらびっくりしたりして。
でも、丸い頭のふしぎなおじさんの、そこはかとない得体の知れなさ、子だぬきがもらった香ばしいパンへの憧れみたいなものは、今でも心に残っているのだ。

この頃の童話作家は、ようやく訪れた平和な時代に、子どもの心を育てる良い読み物をという使命感に燃えていただろう。
子どもたちもまた,テレビやゲームよりも絵本や童話に熱中できた,ある意味両者にとって幸せな時代だったと思う。

紙の本の良さは、手でぱらぱらとめくれるところ。すぐに戻れるし、さっと目で確認できるし、読みたい場所以外のものもおまけで手に入ったりするところ。
子どもが食い入るように眺められるところ。
手垢にまみれて愛される本をいつか書きたいものである。


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by rikakokoro | 2009-12-17 13:02 | 本・CD・映画などなど | Comments(0)

長井理佳。童話作家で作詞家。仕事歴は以下のプロフィールのページにあります。


by RIkaNagai
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